読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

バリメシブログ

バリという人のブログです

クソリプの正体見たりクソブログ

クソリプの話をしよう。

すっかりツイッターで定着したクソリプという言葉、クソリプライ、まあ意味のない返信とかフォロワーでもないのに唐突な自分語りを送りつけたり「わたしもそうです!」とか究極に返答しにくいコメントを付けたりする、例のアレです。

説明上手な人がもっと上手に説明してくれてると思うので、ツイッターなんかやらねえよって人は検索してみてください。

 

で、本題だ。なぜこんなことが怒るのか。それは距離感の取り方である。

これはクソリプを送る方が距離感を間違えているというわけではない。

コミュ障がクソリプを送るのではない、そもそも一般人にとってネット上で文字列をやりとりするなど会話ではないのだ。

リプライの投げ合いを会話と認識するのはインターのネットに肩まで浸かりきったオタク達だけである。

きっとクソリプとは認識の違いである、オタクはリプライを会話と受け止め返事を考える、そこでおかしくなるのだ。

普通の人達にはきっとリプライとはブログのコメント欄と同じなのだろう、そりゃ返信しにくいはずである、そもそも返信を求めていないのである。

クソリプは距離感が近いのではない、遠いのである。

文字とは一方的に読ませるものである、ブログのコメントのように、あるいはファンレターのように、もしくはラジオのハガキ職人のように。

ラジオもブログも返答がある場合もあるがあくまで双方向通信ではなくお互いに一方通行だ。

 

クソリプとはコメントを一方的に読んでもらう立場だと思っている人から送られてくるのだ、だからどうしようもない報告とか共感したよってだけの感想が送られてくるのだ。

そいつも返答が欲しいのではなく自分の持った感情を相手に伝えたい、それ以外の要求はしてないのだ。必死で返答を考えるオタクの方こそコミュ障なのだよ。ま、オタク以外には簡単な事だ、何もしないというコミュニケーションもあるということですな。

 

これはマジでこの世の真理だと思うからみんなこのブログを紹介して「なるほど!」とか「そんなわけねえだろ俺はこう思う」とか言え!わかったか!おわり!