バリメシブログ

こんばんわ。バリです

自分の話

 

 

 

久しぶりにブログ開いたらちんぽ舐めてってコメントされてました、嫌です。

 

このブログ定期的に書くことがあまりにもなさすぎるので、自分の事を書こうと思います。

書きます、多分、よろしくお願いします。

書きました。

 

新卒入社をみなさんはしたことがありますか?

私はあります。

 

これは大体の人がやらなきゃいけない事だと思います。

それは地方私立文系Fランの限界マウンテン山中キャンパスや、鯛焼き屋でミックス粉をかき混ぜて手に入れるお金と、いつでも美味しいごはんが自動で出てくるパワー実家の三か所で羊飼いのように安穏と暮らしていた僕でもやらなきゃいけないことでした。

 

この辺のくだりでも死ぬほど感情が発生するのですが、今書くのはめんどくさいので次の行では既に内定を取っている感じでいきます。

 

色々あって内定をもらいます。

リサイクルショップ?の会社です、本やゲームやキャラクターグッズやTCGなどを中古で買い取って売る、まあそういうどこにでもあるような会社に入りました。

 

就職活動中の僕は混迷を極め唯一内定を貰えたのがここでした、正確な数は覚えてませんが40社以上は受けたと思います。

とにかく無職になったら死ぬくらい恐怖しながら面接を受けに行っていた事を覚えています。

ここは決して良い待遇とは言えませんでしたが、他に転がっている求人と言えば休みが週一の介護職や営業職でした。それは無理でした。

でもここなら週休二日だったのでまだマシだと自分に言い聞かせて、辞めるにしてもまず空白期間は作ったら絶対にマズいと思いこの内定に飛びつきました(今にして思えばそんなことはなかったと思います)。

 

それは卒業式まであと1か月前の日の出来事でした。

 

 

社長「この会社が経営する店舗は4種類あります、全部名前を言える人はいますか?」

僕「…」

新卒達「…」

 

悪夢のような入社式が終り、晴れて社会の歯車です。

このような会社には、客から買い取る商品に値段をつけたりする部門や、出荷を管理する部門などがあります。

僕は前者の感じのところに配属されました。

 

限界Fランさむいさむいマウンテン、もとい大学でグラフィックデザインを学んでいました。

学問としてのグラフィックデザインが何かを説明できる人はこの大学に在学生の中にほとんどいません、この大学に在籍する講師の中にもほとんどいません、僕にも当然無理です。

まあつまるところ、なにもしていませんでした。

 

しかし僕は天才なので面接で何もしていないと言ったらいつまでたっても採用されない事を知っていました、それなのでグラフィックデザインとやらを専攻していたとでっち上げグラフィックデザインっぽい部署に配属される事に成功しました。

 

このなんか古い物を買って他の人に売る会社はネット通販も行っていました、僕は社内で撮影班と呼ばれるその自社サイトで使うための商品画像の撮影と画像編集を担うチームに入ります。

 

就活により心身共に疲れ、ツイッターで見知らぬコスプレイヤーに暴言を叩きつけるような荒んだ生活を送っていた僕にとってそれはまだ少し耐えられる物でした。

同じ階で働いている別の課や班の上司たちはわりとひっきりなしに怒鳴ったりなどが発生していましたが、僕の班ではそうでもありませんでした。

僕についた先輩も親切で、年齢もそれほど離れていないであろう男性でした。

グラフィックデザインの真似事でフォトショップなんかはそれなりに触っていたので、それも少しは役に立ちました。

 

少しは大学のゼミで学んだことが生かせてうれしく思った事を記憶しています、ああ俺が親に無駄に払わせた学費もまるっきり無駄ではなかったんだなと、誤解することができたからです。

残業は1日1~3時間ほど、上司や先輩、同期も静かに仕事をしています。

もちろん残業が全くない日は多くはありませんでしたが、鯛焼き屋のバイトと比べればイスに座れるし空調もある、社長の恐ろしい怒声は聞こえるが自分や自分の部署には関係ない。

 

お金も貰えるし、就活と比べたら天国でした。

人前で自分の意見を話す事にとてつもなく困難を感じていたので、面接での心労を考えればなんてことはありませんでした。

 

なんだこれは簡単なことだ、土日休みの友人と疎遠になり寂しかったがまあ親も就職して喜んでるしここでしばらく働くのも悪くないかなと、そう思えてきました。

就職するのは怖かった、でも勇気を出して良かった。

何とかやっていけそうだ。これから頑張ろう。

 

 

そうして入社一年目が半分ほど過ぎました。

僕は左遷されました。

 

(つづきます)